私がいる自治体では、長かった夏休みが今日で最後を迎え、明日から二学期が始まります。
今年の夏休みは、私たち夫婦にとって特別な忘れられない時間になりました。心の一部と言っても過言ではない家族猫である雨とのお別れがあり、その後はその事実と向き合って自身の心の中で整えるのに、多くの時間を要しましたから。
以前の記事でも述べましたが、雨は最期を迎える夜、吐血しながら弱々しく鳴いていました。
痛かったよね。苦しかったよね。何もできずにただただ涙を流すだけの私たちでごめんね。本当に、ごめんね。
しばらくの間、そんな思考と雨の弱々しい鳴く姿が私たちの脳裏にこびりついていました。
でもある瞬間、こんな考えが頭をよぎったのです。
私たちの記憶に残る雨の映像が、辛そう、苦しそうなものばかりでよいわけがない
雨は、我が家に来たときからずっと、私たちに沢山の幸福を与えてくれました。
シャイでありながらも彼女なりにおどける雨。頭を撫でられることを至上の喜びとしてねだってくる雨。
虫や魚の姿に夢中になってその場に何分でも留まって動かない雨。
冷静になって目を閉じれば、そんな雨のイメージが数多く浮かんでくるのです。
私たちが幸せであったのと同じように、雨も幸せを感じてくれていた。最近はそう思えるようになり、心も少し軽くなりました。
明日は雨の月命日です。
駆け抜けるように過ぎたこの一か月。こうして年月はあれよあれよと過ぎていくのでしょうが、心の中にある雨の姿はいつまでも鮮明なままで保ちたいと、そう思っています。
この記事にコメントする