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旅行


 今日は妻のお友達が自宅に遊びにいらっしゃるとのことで、モンキーバイクに乗って近場をぶらつくことにしました。
 行き先は、猪名川町銀山。かつての豊臣政権・江戸幕府の財政を支えていた多田銀銅山の代官所があった場所です。「多田」と言えば川西市内の地名ですが、昔は川西市北部・猪名川町・豊能郡を含む広域を「多田」と呼んでいたようで、銀や銅を採掘していた「間歩」(まぶ・トンネルのことね)が無数に点在しています。
 この猪名川町銀山には、猪名川町指定の史跡としてその間歩が見学できるようになっていて、一部は中に入ることができるようになっています。学生の頃から行きたかったのですけどね、近場にあるとなかなか足が向かないものです(苦笑)。



 現地には、複数の間歩が上写真のように残されています。ちなみにこれは「台所間歩」という名称で、豊臣の時代に多く銀が採れたようで、天下の台所を支えたということからつけられたそうです。ここは立入禁止です。



 立ち入りが可能なのは「青木間歩」という明治時代に掘られた間歩です。ご覧のように照明設備もあり、ヘルメットを着用して見学することができます。
 中に入ってみると・・・かなり涼しかったです。水が湧いているのか、壁面から地面までびしょ濡れの状態で、「ぴちょん、ぴちょん」と水滴の音が・・・結構怖かったですよ。や、実はここに来る前に資料館で銀山に関する文献に目を通してましてね。ここには色々と怪奇的な伝説が残ってるのですよ。そんなもんを一通り読んでしまったがために(読んだんかい)、結構びびってたんですよね(笑。
 ところでこの多田銀銅山には、豊臣の埋蔵金伝説があるのですよ。老いた豊臣秀吉が、幼い息子秀頼の将来を案じて、数多くの罪人を使って財産の大部分を21箇所に分散して埋めたのだそうで(作業に使われた罪人たちは、口封じのために一人残らず殺されたようです。怖っ!)。その額は現代に換算して200兆円(!)。ちょっと前までは埋蔵金を目当てにここを訪れる方も多かったとか。
 いやはや、ロマンがあるような怖いような・・・。莫大な富を生むところには自然と人が集まって、そこに様々な伝説も生まれるということでしょうか。
 こうして見ると、川西市近辺の史跡巡りも面白いもんです。今度はどこへ行こうかしら。


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